亨保名物帳
亨保名物帳とは徳川幕府8代将軍・徳川吉宗の命により、本阿弥家13代当主本阿弥光忠および本阿弥一族が幕府に提出した名刀リストでそこに所載されている刀は”名物”と呼れている。本阿弥家に伝来していた控えには、「右者上ヲ奉始、諸家の銘刀取調被仰付、奉晨刻家之記より相撰奉書上控 亨保四年己亥年十一月 本阿弥三郎兵衛」の奥書があり、「銘刀伝家日記」と題されている。それを世上で転写したものには、「名物」・「名物帖」・「名物刀剣記」・「刀剣名物略記」などいう。本阿弥家の控えに「家之記」とあるのは、「名物扣」を指す。これは本阿弥家の「留帳」の内から、名物および名刀を抜粋したものである。将軍吉宗が「亨保初メ」、”初風”と命名した国正の刀も載っているから、「名物帳」作成のころ、その資料として編集したものに違いない。吉光・正宗・江義弘らの”天下三作”については、配列も解説も幕府へ提出本とすこし相違するだけである。なお、それらの資料になった覚書風のところも、重複して掲載されている。それらを整理して、亨保4年(1719年)11月、本阿弥三郎兵衛つまり宗家の本阿弥光忠が幕府へ提出した。この提出本には、健全な名物157振、焼失の名物78振、計235振掲載されている。昭和45年に「図説刀剣名物帳」として刊行された。
(参考文献:日本刀大百科事典 福永酔剣著より転載・引用・抜粋)