津田越前守助広

津田越前守助広

津田越前守助広は、大阪寛永十四年、摂津国打出村に生まれた。初代そぼろ助広の門に学び、明暦元年、師の歿後二代目を継いでいる。明暦三年、越前守を受領し、寛文七年には大阪城代:青山因幡守宗俊に召し抱えられ、天和二年、四十六歳で歿している。井上真改と並んで大阪新刀の双璧である。

玉鋼だけをたたきつめたような小板目の最もよくつまった綺麗な地がねで、地景の入ることは井上真改と相違して至って少なく、匂が深く、地刃が極めて明るい。濤瀾刃を創始して華麗であり、直刃を焼いても新刀随一といわれる。形状は、刀のほか鎬造りの脇指が非常に多く、平造りの脇指や他は稀である。薙刀も見る。

大阪物に過ぎるという言葉がなく、刀は刀は元幅広く、元幅に比べて先狭まり、中鋒でいわゆる寛文新刀体配、鎬造り、庵棟で尋常、脇指にはやや広目のものがある。直刃や直刃が浅くのたれた出来に限ってやや目立った細身があり、鎬幅狭く、かわりに庵棟が坂倉言之進照包の如く高いがすっきりとして不自然さを感じさせない。

脇指では細身は少ない。平造りの脇指は身幅やや広く、庵棟、浅く反る。反りややあり、先反りつくものもある。短刀は平造り身幅やや広く、庵棟、寸延びて僅かに反る。鍛えは、小板目よくつんで地沸厚くつき、明るく冴える。地景細かに入るものがあるが、稀である。刃文は、初期作には匂口が深く足の長い互の目丁子や互の目があり、次いで大互の目、のたれ交じるもの、濤瀾乱れと移る。

津田越前守助広の濤瀾刃は、箱刃とまではいかないが、角がかった刃の交じることが多く、匂が深く小沸よくつき、荒目の沸やむら沸のつくことは極めて少ない。金筋や砂流しのかかることも少ない。直刃や浅い大のたれ刃があり、それらは地に向かって奉書をさいたような細かな働きがあるのが特色である。元には焼出しとなる点が他国の直刃と異なっている。帽子は、直ぐに小丸に返る。平造りの脇指では返りの深いものがある。

彫物は、刀身が非常に堅いために、彫物は至って少なく、棒樋、古い上手な彫物があれば、当時の大阪の専門の彫師の手になるものがある。茎は、刀では細ったものが多い。先入山形、鑢目ほとんど大筋違、筋違もあり、最初は化粧鑢がなく、寛文七年には通常見る化粧鑢のあるものとないものとがあり、以降は津田越前守助広独特の香包鑢と称される化粧鑢を切る。

銘は棟に寄り、平造りのものは中央に、銘文は「摂州住藤原助広」「越前守助広」「越前守源助広」「越前守藤原助広」、寛文七年二月には津田を冠して「津田越前守助広」と切り、延宝二年八月から近衛流の流調な草書銘に変わり、この間稀に二字銘もある。年紀は寛文七年二月までは少なく、同年八月から草書体に切り、以降ほとんどのものに年紀がある。また「以地鉄研作之」「雙」を添えたものがある。

主な作品:重要文化財 刀 銘 津田越前守助広 延寶七年二月日 刀剣博物館所蔵

(押型:刀 銘 津田越前守助広 延寶七年二月日 名品刀絵図聚成 田野邉道宏著書より転載)
(参考文献:名品刀絵図聚成 田野邉道宏著書・古刀新刀刀工作風事典 深江泰正著書・重要刀剣図譜より転載・引用・抜粋)




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